女性としての「~のかけら」を徒然なるままに・・・。
今月は、仕事も家庭も忙しくて「ごちゃごちゃ月間」でした。
なので、また、津波のように本を読んでいます。
頭の中がごちゃごちゃな時には、2パターンあります。
一つは、何かに悩んでいて答えを探している時。
もう一つは、やるべきことが多すぎて、頭の中のToDoが出たり入ったりしている時。
前者の時は、法律書から六法まで、小難しい書籍を次から次へと読み漁ります。
分厚い法律書の中のたった1文でいい、疑問を晴らしてくれるものを探しながら。
後者の時は、マーケティング本とかエッセイとか、
法律とは絡まない内容のものを読みながら、頭の中をクールダウンしていきます。

今回の「ごちゃごちゃ」は後者の方です。
そんな中で読んだ本の一つが、『料理が苦痛だ』というタイトルのエッセイ本。
・・・すごいでしょ、このタイトル。
リビングで読んでいたのですが、さすがに家族に気を遣って、本を裏返してタイトルが見えないように置いていたほど。(笑)
著者は料理教室の先生、いわば料理を仕事として活躍されている女性です。
一日3回、毎日毎日、何年も、何十年も、死ぬまで・・・料理の呪縛は永遠に続きます。
だったら、無理するな、苦しくなった時は休めばいいよ!というメッセージ。
でもですね・・・主婦であることの呪縛はなかなか解けるものではありません。
本を裏返しに置いていること自体が罪悪感の表れ。だとすると、囚われているのは自分自身にかもしれません。
この本の中に、料理を苦痛にさせる呪縛エピソードが載っていました。
*どうしても作る気にならずに、子供のお弁当に今川焼を入れた。
*喧嘩の翌日、食べ盛りの息子のお弁当に、いい具合の重さの保冷剤を入れた。
*30品目の道遠く、一味唐辛子を七味唐辛子にして、7品目としてカウントした。
*八宝菜。食材が6種類しかなく大雨の中八百屋に走る。なぜなら、ご主人が食材を数えるから。
なんだか笑えるやら切ないやら・・・。
かく言う私も、具に困って、子供の塾弁にどら焼きを入れたことがありました。
給食のない学校だったので、毎朝お弁当を作って持たせました。学校から帰るとおやつを食べさせ、更に塾に行く時には、塾弁を作って持たせました。そして、塾から帰ると夜食のような夕飯。
朝から晩まで料理し続けていた頃は、何が何でもご飯を作らなくてはならなくて、料理から離れることは片時もなかったですね。
昨日はお肉だったから、今日は魚・・・。昨日は洋食だったから、今日は和食・・・と無限ループ。
かつての自分を思い出しました。ホント、今なら笑い話ですけど。
家事も仕事も、日常だからこそ逃れられないことがたくさんあります。
皆、やらなければならないから頑張っているのですよね。
でも、日常だからこそ嫌になることだってあります。
コロナ禍で、今まで以上に家飯が増えています。今までのように外食もできなくなりました。
”でも、辛いなら、たまには呪縛から解放されたっていいじゃない!?”
”愛情は手料理だけで計れるものじゃないよね”
都合よくそんなことを思いながら、読み終えた本の上に別の本を重ねて・・・
まだまだ肝っ玉の据わらない自分なのでした。
